しかし、名前の要素がいただけない。明らかに名字から取ったと見られる要素("Yama"や"moto"等)と、個人名から取ったと見られる要素("Yoshi"や"tsune"等)が混在している。好意的に解釈すれば、システムによって作成された文字列が名字か個人名かのどちらとも取れるように上記の組み合わせを作った、とも考えられる。だがその結果、名字とも個人名とも取れない"Yamatsune"やら"Takahana"やら"Wakahana"やらといった珍奇な名前が登場することも見られた(力士の名前でも参考にしたのだろうか?)。
英語版と日本語版との日本武将の名称の対応をこちらにまとめた。これを見ると分かるように、名字だけで出てくる武将(例:「源実朝」→"Minamoto")が居たかと思えば、個人名で出てくる武将(例:「北条宗政」→"Munemasa")も居たりして、それを分ける基準が明確ではない。一応は、「基本的には氏や名字、同姓の者がいる場合は地位の低いほうが個人名を名乗る。」という原則は窺えるものの、例外も多い。例を挙げるなら、梶原景時はなぜ"Kajiwara"であって"Kagetoki"ではないのか、和田義盛はなぜ"Yoshimori"であって"Wada"ではないのか、等々。
これらの事実から、『英語版元朝秘史』製作スタッフは日本人の名前の仕組みについてよく分っていないのではないか、という疑念が生じる。
日本人の名字と個人名は、それぞれ異なったボキャブラリーを持つ。例えば、現代においても「一郎」という名前を持つ人は少なからずいるが、「一郎」という名字を持つ人は聞いたことがない。また、子供に「鈴木」と命名しようとする親もいないだろう。
これらの理由は、「そういうものだから」という事に尽きる。ただ、日本人なら「そういうもの」が何となく身についているから(これを『文化』と言い換えてもいいだろう)、子供を名付ける時に不自然な名前を付けようとしないだけなのだ。しかし、上記の配列を見る限り、この要素の組み合わせは日本人が作ったにしては、あまりに不自然すぎるのだ。
以上のことから、以下のことが推論できる。
『上記の組み合わせは、海外の欧米人スタッフが作成したものではないか』
言い換えると、
『光栄のゲームの海外版は光栄本社が直接製作したものではなく、
海外の現地スタッフが使用言語を英語から日本語へ置換したり、
プログラムを多少改変したり(具体的にはオルドの簡素化など)して作ったものではないか』、と。
チンゴ!で取り上げられている韓国版元朝秘史では、高麗をプレーヤーが操作できたり、多少時代を超えてまで強力な武将を登場させたりしているそうだが、上のことを踏まえると、これらの変更も光栄本社の政治的配慮というよりは、現地側の判断で行われたことではないかと思われる。もっとも、仮説の域を出ない話ではあるし、自国の武将を優遇したりするのは海外版に限ったことではないのだが。
勿論、同じ要素が二回選ばれることもあるので、"Cao Cao"(曹操)が登場する可能性もある。
要素が豊富なので、同じ名前ばかりになることは少ない。だが、理論上は"Temujin"(テムジン)、"Jagatai"(チャガタイ)、"Ugudei"(オゴダイ)などの有名人物の名前を持つ、架空武将が出現する可能性があるということだ。こういう措置は、折角の史実武将のありがたみが薄れるものなので、どうかと思うのだが。
結局、欧米人にはモンゴル人の名前なんてどーでもいいのだろうか。
「何だ、B型の命名法も作れるんじゃん」というのが、これを見た筆者の感想だ。日本語版元朝秘史の内アジア文化圏での命名法の悲惨さを思うと、正確さは脇に置いておくとしても「それっぽく見える」命名法を作った海外の現地スタッフには敬意を表したくなる。この場を借りて、前項での非礼をお詫びしたい。
だから、吐蕃の当主の名前が"Masoud"(マスード)みたいなイスラム系の名前になろうが、髭面の武将が"Sala"だの"Laila"だのと可愛らしい名前を名乗ろうが、蒼き狼IVにてその名前を轟かせた「陳虎」「デカマーラ」に勝るとも劣らない名を持つ"Mala"が登場しようが、そんな事は些細な問題だろう(多分)。
名前の組み合わせ自体は、ロシア出身の架空武将命名だと考えればよく出来てるほうだと言える。"Vladimir"(ヴラディミール)や"Yaroslav"(ヤロスラフ)といった実在する名前が出来やすいのもポイントが高い。なお、"Shostokovski"というように最大12文字の名前が出来ることもある。
しかし、出来る名前は確かにヨーロッパ系の響きを持つが、『ヘンリー』とか『チャールズ』とかいった我々にとって馴染みの深い名前とはどこか違う感じがする。二つの要素を繋げて名前を作るB型の命名法では、ヨーロッパの人名を作るのは難しいのかもしれない(『名前』+『姓』で作るB'型は除く)。
そういえば、paradox社に代表される欧米製の歴史ゲームでは、プログラムによって作成されたランダムリーダー(架空武将)の名前は、いくつもの候補の中から一つを選択することで決定される。これは、当サイトの分類ではC型の命名法に近い。欧米人の感覚では、それが自然なのだろう。
今のところ、A型やB型の命名法が見られる歴史ゲームは、光栄のゲームしかないように見える。
つまり、『いくつもの要素を組み合わせて一つの名前を作る』と言う発想自体が、やはり無数の要素を組み合わせて一つの名前を付けている漢字文化圏の産物なのかも知れない。