『英語版元朝秘史』における架空人物命名システム(武将編)

 本稿では、『元朝秘史』の英語化バージョンとも言うべき"Genghis Khan II -Clan of Gray Wolf-"(以後、『英語版元朝秘史』と呼称。チンゴ!に紹介記事有り)における、架空武将の命名システムについて述べる。この調査では、筆者が海外にて入手したSNES(SFCの海外での名称)版を使用しているので、他版との差異が存在する可能性について留意されたい。
 英語版と日本語版との名詞の対応はこちらにまとめたので、合わせてお読み頂きたい。


■日本文化圏

Fuji  Ike  Naka  Taka  Uji  Yama  Yoshi  Waka  

da  hana  masa  michi  moto  shiro  tori  tsune  

 海外版でも、日本文化圏は東アジア文化圏と区別されている。まあ、これは単にプログラムの根元を弄るのが面倒だったからだと考えられる。武将命名については、上記の組み合わせを用いて名前を作っている。分類としてはB型で、珍しいものではない。

 しかし、名前の要素がいただけない。明らかに名字から取ったと見られる要素("Yama"や"moto"等)と、個人名から取ったと見られる要素("Yoshi"や"tsune"等)が混在している。好意的に解釈すれば、システムによって作成された文字列が名字か個人名かのどちらとも取れるように上記の組み合わせを作った、とも考えられる。だがその結果、名字とも個人名とも取れない"Yamatsune"やら"Takahana"やら"Wakahana"やらといった珍奇な名前が登場することも見られた(力士の名前でも参考にしたのだろうか?)。

 英語版と日本語版との日本武将の名称の対応をこちらにまとめた。これを見ると分かるように、名字だけで出てくる武将(例:「源実朝」→"Minamoto")が居たかと思えば、個人名で出てくる武将(例:「北条宗政」→"Munemasa")も居たりして、それを分ける基準が明確ではない。一応は、「基本的には氏や名字、同姓の者がいる場合は地位の低いほうが個人名を名乗る。」という原則は窺えるものの、例外も多い。例を挙げるなら、梶原景時はなぜ"Kajiwara"であって"Kagetoki"ではないのか、和田義盛はなぜ"Yoshimori"であって"Wada"ではないのか、等々。

 これらの事実から、『英語版元朝秘史』製作スタッフは日本人の名前の仕組みについてよく分っていないのではないか、という疑念が生じる。

 日本人の名字と個人名は、それぞれ異なったボキャブラリーを持つ。例えば、現代においても「一郎」という名前を持つ人は少なからずいるが、「一郎」という名字を持つ人は聞いたことがない。また、子供に「鈴木」と命名しようとする親もいないだろう。

 これらの理由は、「そういうものだから」という事に尽きる。ただ、日本人なら「そういうもの」が何となく身についているから(これを『文化』と言い換えてもいいだろう)、子供を名付ける時に不自然な名前を付けようとしないだけなのだ。しかし、上記の配列を見る限り、この要素の組み合わせは日本人が作ったにしては、あまりに不自然すぎるのだ。

 以上のことから、以下のことが推論できる。

『上記の組み合わせは、海外の欧米人スタッフが作成したものではないか』

 言い換えると、
『光栄のゲームの海外版は光栄本社が直接製作したものではなく、
 海外の現地スタッフが使用言語を英語から日本語へ置換したり、
 プログラムを多少改変したり(具体的にはオルドの簡素化など)して作ったものではないか』、と。

 チンゴ!で取り上げられている韓国版元朝秘史では、高麗をプレーヤーが操作できたり、多少時代を超えてまで強力な武将を登場させたりしているそうだが、上のことを踏まえると、これらの変更も光栄本社の政治的配慮というよりは、現地側の判断で行われたことではないかと思われる。もっとも、仮説の域を出ない話ではあるし、自国の武将を優遇したりするのは海外版に限ったことではないのだが。


■中国文化圏

Bei  Cao  Chin  Chu  Chung  Guo  Hong  Hsi  Jia  Liu  
Shao  Shi  Shu  Sun  Tian  Wang  Wei  Xiao  Zhang  Zong  

Bei  Cao  Chin  Chu  Chung  Guo  Hong  Hsi  Jia  Liu  
Shao  Shi  Shu  Sun  Tian  Wang  Wei  Xiao  Zhang  Zong  

 中国文化圏の武将命名はB型。朝鮮半島も安南もこの命名法に従う。

 勿論、同じ要素が二回選ばれることもあるので、"Cao Cao"(曹操)が登場する可能性もある。


■蒙古文化圏

Ala  Bar  Bor  Chi  Gen  Jaga  Kubla  Molo  
On  Qar  Subu  Tar  Temu  Togo  Tou  Ugu  

bar  bor  beki  chu  dei  gai  gil  gor  
gut  jin  lug  qa  qar  ril  tai  toku  

 蒙古文化圏の武将命名もB型。このように、英語版元朝秘史での人物命名はB型が中心となっている。

 要素が豊富なので、同じ名前ばかりになることは少ない。だが、理論上は"Temujin"(テムジン)、"Jagatai"(チャガタイ)、"Ugudei"(オゴダイ)などの有名人物の名前を持つ、架空武将が出現する可能性があるということだ。こういう措置は、折角の史実武将のありがたみが薄れるものなので、どうかと思うのだが。

 結局、欧米人にはモンゴル人の名前なんてどーでもいいのだろうか。


■内アジア文化圏

Ara  Bar  Chi  Fara  Kha  Kya  Lai  Ma  Sa  

soud  chen  la  ku  der  pan  rouk  du  juk  

 内アジア文化圏の武将命名もB型。

 「何だ、B型の命名法も作れるんじゃん」というのが、これを見た筆者の感想だ。日本語版元朝秘史の内アジア文化圏での命名法の悲惨さを思うと、正確さは脇に置いておくとしても「それっぽく見える」命名法を作った海外の現地スタッフには敬意を表したくなる。この場を借りて、前項での非礼をお詫びしたい。

 だから、吐蕃の当主の名前が"Masoud"(マスード)みたいなイスラム系の名前になろうが、髭面の武将が"Sala"だの"Laila"だのと可愛らしい名前を名乗ろうが、蒼き狼IVにてその名前を轟かせた「陳虎」「デカマーラ」に勝るとも劣らない名を持つ"Mala"が登場しようが、そんな事は些細な問題だろう(多分)。


■南アジア文化圏

Dora  Jaya  Kali  Kura  Manu  Nai  Raja  To  

chari  dasa  di  du  gir  hara  man  n  nak  

 南アジア文化圏の武将命名もB型。この命名法によって作られる名前が現実に存在するかは、今後検証していきたい。


■イスラム文化圏

Abdel  Abdul  Abu  al-  Ali  Ibn  (空白)

Akbar  Assad  Awwal  Bakr  Fazal  Kader  Khalil  Rashad  Rashid  Saud  Zuhr  

 イスラム文化圏の武将命名もB型。実際にある名前を元に作っているようなので、蒼き狼IVの西アジアやエジプトで登場する架空武将の名前と比べても遜色無い。


■東欧文化圏

Doro  Nobo  Oro  Shosto  Soko  Stano  Vladi  Vole  Yaro  Ye  

kov  kovski  loff  mir  niev  ryk  ski  slav  stry  vich  

 東欧文化圏の武将命名もB型(さっきからこればっかり)。しかしこうして見ると、ギリシア人は見なかったことにされた模様。ビザンツ皇帝も早々とロシア系の人物に交代する。英米人にとっては「東欧=ロシア」なのだろうか。日本人も似たようなもんだけど。

 名前の組み合わせ自体は、ロシア出身の架空武将命名だと考えればよく出来てるほうだと言える。"Vladimir"(ヴラディミール)や"Yaroslav"(ヤロスラフ)といった実在する名前が出来やすいのもポイントが高い。なお、"Shostokovski"というように最大12文字の名前が出来ることもある。


■西欧文化圏

Al  Ar  Bar  Fel  Hol  Ja  Jor  Jus  
Lang  Lar  Mar  Mas  Mel  Ral  Wal  Wes  

borg  dan  den  din  dor  man  sel  
sen  son  tan  tin  ton  vin  

 西欧文化圏の武将命名もB型。こうして見ると、英語版元朝秘史の架空武将命名はすべてB型で作られていることがわかる。

 しかし、出来る名前は確かにヨーロッパ系の響きを持つが、『ヘンリー』とか『チャールズ』とかいった我々にとって馴染みの深い名前とはどこか違う感じがする。二つの要素を繋げて名前を作るB型の命名法では、ヨーロッパの人名を作るのは難しいのかもしれない(『名前』+『姓』で作るB'型は除く)。

 そういえば、paradox社に代表される欧米製の歴史ゲームでは、プログラムによって作成されたランダムリーダー(架空武将)の名前は、いくつもの候補の中から一つを選択することで決定される。これは、当サイトの分類ではC型の命名法に近い。欧米人の感覚では、それが自然なのだろう。

 今のところ、A型やB型の命名法が見られる歴史ゲームは、光栄のゲームしかないように見える。 つまり、『いくつもの要素を組み合わせて一つの名前を作る』と言う発想自体が、やはり無数の要素を組み合わせて一つの名前を付けている漢字文化圏の産物なのかも知れない。


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