『信長の野望・覇王伝』における一字拝領システム

■ 序

 『信長の野望』シリーズ5作目である『信長の野望・覇王伝』(以下、覇王伝)に特徴的なものの一つが、『論功行賞』コマンドだ。配下の勲功に対して知行加増・転封、報奨金、感状、家宝、官位などで報いるというもので、ゲーム的な意義はともかくとして配下に追放や切腹を申し付けることもできた。ある意味戦国大名のロールプレイとしては画期的なものだった。

 しかしこのコマンドには、配下が増える中盤以降、大名は論功行賞に追われることとなりやすいという欠点があった。『気合』システムとの負の相乗効果もあって、大名は最悪2ヶ月に1回論功行賞を行って他には何もできなくなる、という事態に陥いることもしばしだった。大名が有能な場合は、配下を一切使わず大名単騎で攻略したり、隠居して適当な一門衆に大名の座を押し付けたりといったことも行われたようである。こうした点が、野戦・攻城戦に時間を要することと並んで、同作品の評価を押し下げていることは否めない。後発の作品では勲功に応じて身分と俸給が自動で上昇したり(自動化)、家宝や官位の贈呈をいつでも行えるようにしたり(簡素化)と変化したことを考えると、発展途上のシリーズに咲いた徒花のごときシステムだったとも言える。
 (なお、当作品は筆者が最初にプレイした『信長の野望』であり、最初にプレイした歴史SLGでもある。思い入れも相当に強いが故に厳しいことも遠慮なく言うので、悪しからず。)

 さて、論功行賞でできることの中で際立つのが『一字拝領』だ。史実でも行われた偏諱授与を再現したもので、大名の個人名から一字を配下武将に与えるというものだ。羽柴秀吉だろうが明智光秀だろうが配下の名前が変わってしまうことに目を瞑れば、ほぼコスト無しで忠誠度を大幅に高められる方法であり、実行したプレイヤーも多かったと思われる。しかし、その名前の変化に不自然な点が少なくないのが最大の問題点だった。
 この一字拝領について今日でも面白おかしく語られることがあるが、その全貌は意外と明らかになっていない。今回は、そのシステムの調査結果を報告したい。

■ 検証方法

 今回のレポートでは、PC-98版(通常版)、Windows版(定番シリーズ)、SFC版、PS版を使用した。これらの機種ごとに下記のパターンの通りに一字拝領を実行した(コーエー定番シリーズの覇王伝をWindowXPで起動する方法については、こちらのサイトを参照)。
なお、レポート中ではそれぞれの名前の要素を表すために下記のアルファベットを使用した。

  A: 大名の個人名の一文字目
  B: 大名の個人名の二文字目
  C: 大名の個人名の三文字目
  X: 対象武将の個人名の一文字目(特に断りがなければX≠A)
  Y: 対象武将の個人名の二文字目(特に断りがなければY≠B)
  Z: 対象武将の個人名の三文字目(ただしZ=Cの場合も含む)

■ 検証結果

(PC-98版・Windows版・SFC版・PS版共通)

・大名の名前が二文字の場合

大名の個人名  対象武将の個人名拝領後の個人名 具体例
大名       対象武将の個人名拝領後の個人名 
ABXYXA織田 信長羽柴 秀吉羽柴 秀信
織田 信長明智 光秀明智 光信
XABA武田 信玄高坂 昌信高坂 玄信
XBXA織田 信長羽柴 秀長羽柴 秀信
AYBY織田 信長佐久間信盛佐久間長盛
長尾 景虎柿崎 景家柿崎 虎家
BYBA織田 信長丹羽 長秀丹羽 長信
ABAB龍造寺隆信松浦 隆信松浦 隆信(変化無し)
BABA羽柴 秀長丹羽 長秀丹羽 長秀(変化無し)
XYZXAZ織田 信長竹中 半兵衛竹中 半信衛
上杉 謙信鬼小島弥太郎鬼小島弥謙郎
XAZBAZ太原 雪斎板部岡江雪斎板部岡斎雪斎
下間 兵庫雨森 弥兵衛雨森 庫兵衛
XBZXAZ伊東 祐兵黒田 官兵衛黒田 官祐衛
AYZBYZ山田 有信織田 有楽斎織田 信楽斎
蜂須賀小六風魔 小太郎風魔 六太郎
BYZBAZ本願寺光佐鈴木 佐大夫鈴木 佐光夫
ABZ(このパターンはゲーム内で不可能)
BAZ
XA織田 信長藤林 堡藤林 堡信
(このパターンはゲーム内で不可能)

 最も多い組み合わせが、一番最初に挙げた「大名の個人名の一文字目を対象武将の個人名の二文字目として与える」 ケースだ。しかし、実際の戦国時代では、大名の個人名二文字のうちいずれかを一文字目として与える方が多かったことを考えると(例:足利義輝→毛利輝元・伊達輝宗・武田義信など)、不自然な感じがする。

 一方で、大名の個人名の一文字目や二文字目が対象武将に含まれていると、上とは異なった挙動が見られる。様々なパターンで試してみた結果は上の表の通りだ。これらの結果を一般化すると、下のような処理をしていると考えられる。

(1) 基本ルールとして、大名の個人名の一文字目を対象武将の個人名の二文字目として与える(YをAと置換)。

(2) 大名の個人名の一文字目と対象武将の個人名の一文字目が一致する場合(X=A)は、大名の個人名の二文字目(B)を武将の個人名の一文字目として与える(XをBと置換)(こうすることで、名前がAAになってしまうことを防いでいると見られる)。

 (2-1)ただし、大名の個人名の二文字目と対象武将の個人名の二文字目も一致する場合(X=AかつY=B)はこの処理は行われず、対象武将の名前は変わらない(名前がBBになることの防止だろう)。

(3) 大名の個人名の一文字目と対象武将の個人名の二文字目が一致する場合(Y=A)は、大名の個人名の二文字目(B)を武将の個人名の一文字目として与える(XをBと置換)(AがあげられないならBを、ということだろう)。

 (3-1)ただし、大名の個人名の二文字目と対象武将の個人名の一文字目も一致する場合(X=BかつY=A)は、対象武将の名前は変わらない(この場合は、あげられる文字がないからといったところか)。

 これらの処理は、対象武将の個人名が三文字の場合も同様だった。対象が「半兵衛」や「有楽斎」といった諱以外の名乗りをしてようがお構いなく大名の名前の一文字目が挿入され、上記のような残念な「名前」が出現するのは覇王伝プレーヤーならばおなじみだろう。こうした名前は、他にも「黒田官信衛」、「山中鹿晴介」などが出現しうる。
 そのような中で、三文字武将の名前の一文字目が変わるケースは、余程偏屈なプレイをしなければ見ることはできないが貴重だ(「織田信楽斎」の妙な存在感が際立つ)。なお、三文字目が変わるケースは見られなかった。
 これらの結果からは、対象武将の個人名が二文字か三文字かによらず、最初の二文字だけで共通の処理をしていることが示唆される。

 また、このゲームには個人名が一文字の武将が一人だけ登場する。彼の名は、「藤林 堡」(藤林長門守と呼ぶのが一般的だろう)。彼に一字を与えたところ個人名の二文字目に追加された。この結果からは二文字目が空白扱いされているだけで他のケースと共通の処理がされていると推測されるが、個人名が一文字の武将は彼だけなので、文字の重複がある場合などのケースは検証不可能である。

・大名の名前が三文字の場合

大名の個人名  対象武将の個人名拝領後の個人名 具体例
大名       対象武将の個人名拝領後の個人名 
ABCXYXA織田 有楽斎羽柴 秀吉羽柴 秀有
XABA鈴木 佐大夫本願寺光佐本願寺大佐
XBXA黒田 官兵衛伊東 祐兵伊東 祐官
AYBY風魔 小太郎蜂須賀小六蜂須賀太六
BYBA雨森 弥兵衛下間 兵庫下間 兵弥
AB(このパターンはゲーム内で不可能)
BA
XYZXAZ織田 有楽斎黒田 官兵衛黒田 官有衛
XAZ(このパターンはゲーム内で不可能)
XBZXAZ黒田 官兵衛渡辺 勘兵衛渡辺 勘官衛
AYZBYZ雨森 弥兵衛鬼小島弥太郎鬼小島兵太郎
BYZ(このパターンはゲーム内で不可能)
ABZABZ渡辺 勘兵衛小幡 勘兵衛小幡 勘兵衛(変化無し)
BAZ(このパターンはゲーム内で不可能)
XA織田 有楽斎藤林 堡藤林 堡有
(このパターンはゲーム内で不可能)

 大名の個人名が三文字の場合も検証してみたが、こうした三文字武将(一覧は後掲)の数とパターンは限られるので、想定しうるすべてのパターンをゲーム内で試すことはできなかった。基本的には、大名の個人名が二文字の場合と同様と考えられ、大名の個人名の三文字目が与えられるパターン、対象武将の個人名の三文字目が変化するパターンは見られなかった。拝領後の名前が相変わらずの出来栄えの中、「本願寺大佐」のしっくり具合が気になる。

・大名の名前が一文字の場合

大名の個人名  対象武将の個人名拝領後の個人名 具体例
大名       対象武将の個人名拝領後の個人名 
XYXA藤林 堡羽柴 秀吉羽柴 秀堡
XA(このパターンはゲーム内で不可能)
AY
XYZXAZ藤林 堡黒田 官兵衛黒田 官堡衛
XAZ(このパターンはゲーム内で不可能)
AYZ

 大名の個人名が一文字の場合は上記の通り。唯一の一文字武将の名前がよりにもよって「堡」という他に使われていない文字のため、想定しうるパターンのほとんどは検証不可能である。
 そして、試すことのできたパターンについては、おおむねこれまでと同様の結果だった。大名や対象武将の文字数にもよらずエラーも起こさずに同様に動作するとは、ある意味よく出来たシステムである。もしかすると、彼一人のためだけに「原則的には大名の個人名の一文字目を与える」という仕様にしたのかもしれないが。

■ 総評

 こうして見ると覇王伝の一字拝領システムは、様々なケースを考慮したそれなりに作り込まれたものだったと言える。

・与える文字を通常は二文字目にする(個人名が一文字の場合は例外的に処理)。
・登場武将の名前を諱で統一する。

というように修正するだけでも、相当に改善されると思われる。シリーズの発展途上期に取り入れられたがゆえにそのシステムを生かせず、むしろ欠陥が目立ってしまったために二度と復活させてもらえなかった、色々と惜しいシステムだったと思う。
 さて、ネット上では、

  「織田信長が佐久間信盛に一字与えると、佐久間信信になる」
  「武田信玄が高坂昌信に一字与えると、高坂信信になる」

といった報告が散見されるものの、今回調査した機種では見られなかった。もちろん今回の調査では、FM TOWNSやメガドライブなど全ての機種を確認したわけではないし、PC-98のみ発売されたwithパワーアップキット版も調査していない(そもそも入手困難)。全てのバージョンを調べるのは筆者個人では手に余るため、当該バージョンをお持ちの方の報告を待ちたい(連絡先はこちら。報告時にはスクリーンショットか撮影画像を希望)。

■ (参考)覇王伝に登場する、個人名が三文字の武将の一覧

 本文中でも取り上げた三文字武将を載せる。これらの武将は、シナリオによっては登場しないものもいる。筆者が想定していなかった組み合わせ・改名例を思いついた方はご一報を。

伊東 一刀斎
雨森 弥兵衛
鬼小島弥太郎
後藤 又兵衛
黒田 官兵衛
佐々木小次郎
山中 鹿之介
小幡 勘兵衛
織田 有楽斎
竹中 半兵衛
中島 可之助
渡辺 勘兵衛
百地 三太夫
風魔 小太郎
鈴木 佐大夫

■ 参考サイト

火間虫入道(いつまで氏) http://hima.que.ne.jp/


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