架空人物命名システム(中央アジア・南アジア・西アジア編)

■蒙古

 蒙古(「蒙古」という表記には議論があるが、当ページではゲーム中の表記に従う。このゲームが扱う年代では「モンゴル」は多くの部族の中の一つをさす言葉に過ぎないので、地域全体の総称として「蒙古」を使用しているようだ)地域の架空武将の命名方法は下のようになる。

パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2文字or3文字
(1文字目のみ「ン」不可)

ガイ ギン クル ジン ダイ トク パル ムル ルパ

 最初に言っておきたい。序論ではさんざん持ち上げておいた架空人物命名システムだが、実にこれはいい加減な代物なのだ。比較的マトモな名前が生成される東アジアや西欧だけを見るならば、このシステムは「優秀」とまでは言えなくとも「よくできてる」と言えるだろう。しかし、日本人にとって馴染みの少ない中央アジアや南アジア、西アジアにおいて、初めてシステムの「いい加減さ」が明らかになる。それが、A型の命名システムだ。A型においては「任意の文字列の後ろに、『それっぽい』語尾を付ける」ことで『それっぽい』名前が生成される。何故、「任意の文字列」(つまりカタカナをデタラメに繋げて作っている文字列)と断言出来るのか。先ずは、これを見てもらいたい。これは蒙古出身の武将を自動作成させてみて得られた名前を記録したものだ。但し、既に蒙古地域の架空武将の名前には一定の語尾が存在することを経験的に知っていたので(内容は上記の通り)、それは省略した。上の記録において同じ行の音を同一視して変換することで、次のような結果を得る。ここから判断できるのは、

・ア行からワ行(「ヲ」を除く)までの清音がほぼ使用されている。

・ガ行、ザ行、ダ行、バ行の濁音もほぼ使用されるが、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」は使用されない。

・パ行の半濁音、拗音(「ァ」「ィ」「ゥ」「ェ」「ォ」)、促音(「ッ」)は使用されない。

・撥音(「ン」)は使用されるが、一文字目に来ることは無い。

・長音(「ー」)は使用されない(但し、後述のインド地域のみ例外)。

・同じ音が連続して用いられることは無い。

の以上の点だ。これ以上に何らかの規則が存在するようには見えない。少なくとも、言語学的・民族学的見地から名前を組み立てている(例えば、どこそこの民族の言語には"d"に相当する子音が存在しないから、架空人物の名前に「ダ行音」を使用しないようにする)ようには思えない。これが、「任意の文字列」と断言する理由だ。

 とはいえ、A型の命名方法の存在もやむを得ないだろう。B型・B'型・C型の命名方法は大量の名前サンプルの存在によって初めて可能となる。史料の少なさから当時の人名の例が数件しか見当たらなければ、A型を採用せざるを得ない。いわば、A型は命名システム作成の上でのベストたり得ないが次善の策にはなるのだ。もっとも、他の型を作ろうと思えば作れたのにA型を押し通した、というならばそれは明らかに「手抜き」となるのだが。

 (2006.04.11 追加)

折角なので、各語尾の出所について検証してみることにする。
A型の命名システムを作るに当たって、製作スタッフが各語尾を何処から拾ってきたのか、
ゲームに登場する人物で、もしくは同時代の有名な人物から、可能な限り推定してみたい。

ガイ    「テルガイ」(フラグの子)
ギン    「オッチギン」(チンギス=ハーン末弟のテムゲの通称)
クル    「ボロクル」(チンギス=ハーン配下の四駿の一人)
ジン    「テムジン」(チンギス=ハーンの元の名)
ダイ    「ジュルチダイ」「タルクダイ」(「ダイ」は「〜の人、男」という意味らしい)
トク    「シギ=クトク」(テムジンの養子。前作元朝秘史に登場)
パル    「チャパル」(ハイドゥの子で、オゴダイ汗国のハーン)
ムル    「テムル」(モンゴルの男性名。「鋼鉄」の意) 
ルパ    不明。

 こうしてみると、あらかたゲームに登場する人物から拾ってきていることが分かる。

 最後の「ルパ」だけは、出所が分らなかった。これに良く似た「パル」が同時に語尾として存在することから、プログラムミスとして出てきた可能性もあるが、それではこの語尾がPC版とPS版の両方に出てきた理由が分からない。


■チベット

パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2文字or3文字
(1文字目のみ「ン」不可)

=カン シェ ドゥパ ボータ ムツォ 

 チベットは、前述のように「中国文化圏」に属しているものの、武将の名前はカタカナ名になっていてA型で命名される。

 (2006.04.11 追加)

こちらでも、各語尾の出所を調べてみた。

=カン   「グシ=カン」(17世紀のチベットの君主)
シェ    不明。チベットの地名に多く見られる語尾(「シガシェ」等)
ドゥパ   「ゲドゥン=トゥパ」(ダライラマ1世の名)
ボータ   「トンミ=サムボータ」(チベット文字の創始者の名)
ムツォ   「ゲドゥン=ギャムツォ」(ダライラマ2世の名)

 こちらでは、ゲームよりも比較的後世の人物が元ネタとなっている。蒙古地域とは違って、各シナリオで設定されている武将を元ネタにしてはいないようだ。これは何故だろうか。

 ここでは、『「リンチェン」や「サンギェー」みたいな史実武将が架空武将の中に埋没するのを防ぐためではないか』ということが考えられる。

 下手に史実武将を元ネタに架空武将の名前の語尾を設定して、「○○○チェン」だの「○○○○ギェー」といった名前の架空武将が出てくると、誰が元々いた史実武将なのか段々分らなくなってくる。似たような話で、PS版元朝秘史の源平シナリオみたいに、「平 ○盛」という名前で配下武将一覧が埋め尽くされて、誰が誰だか分からなくなってしまう結果に陥ることがある。(余談だが、こちらは全員が史実武将だから恐れ入る。)

 つまり、敢えて史実武将を元ネタにしないのは『史実武将の価値を守るため』と考えられる。蒙古地域ではこの原則が守られていないのは、同地域では歴史人物の史料に事欠かないので、多くの歴史人物を史実武将として登録でき、『数少ない史実武将が、大多数の架空武将の中に埋没していく』心配をしなくて済むからだと思われる。


■西シベリア・東シベリア

パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2〜4文字
(1文字目のみ「ン」不可)

ーシャ シン ーリ ヴァン ヴナ 

 ゲーム本体をお持ちの方はご存知だろうが、シベリア出身武将の顔グラフィックはアジア人というよりもロシア・スラブ人に近い。また、名前に使われる語尾だけを見るとロシア人の名前風になっている(実際には、A型の命名法によりロシアの人名と似ても似つかないものになってしまうのだが)。ロシアに統治される以前のシベリアについては史料らしい史料が無い為にこういう処置を取ったのだろうが、それにしてもあんまりな話だ。

 (2006.04.11 追加)

 語尾のネタ元は下の通り。疑問の残るものには、?を付した。

ーシャ   「ミーシャ」(ロシアの男性名「ミハイル」の愛称形)
シン    直接の元ネタは不明だが、-inを語尾に持つ姓はロシアではよくある(「プーシキン」等)
ーリ    「ヴァーシリー」?(ロシアの男性名)
ヴァン   「イヴァン」(ロシアの男性名。英語でJohnに相当。)
ヴナ    「イヴァノヴナ」(イヴァノフの女性形)

 やはり、ロシアの人名をネタ元にしているのが窺われる。

 当のロシアはキエフ・ルーシの時代、諸公国が分立していた頃で、シベリア開拓など出来るはずもないと思うが、これは樺太で登用できる日本人と同じものと諦める他ないのだろうか。そもそも近現代的な地域区分である「シベリア」を無理やり中世に当てはめるのに無理がある気がする。


■中央アジア・トルキスタン

パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ3文字or4文字
(1文字目のみ「ン」不可)

カン シャン ドゥ ハイ バイル ハトゥ バン ベグ ムール ルチャ 

 この地域での自動命名システムは、何かとプレイヤー側から不評の声を聞く。実際には他のA型地域も同様に「デタラメ」なのだが、いずれのシナリオでもシベリア・東南アジア・インドは存在する勢力数が広大な領域に比して希薄で、東西の交易路(=侵攻経路)から外れていて「プレイヤーによる攻略」=「ゲーム終盤の掃討戦」となりやすいので、個々の武将の印象が残りにくい。一方、中央アジアのこの二地域は東アジアと中東・ヨーロッパを結ぶ要衝なので、他地域でゲームを始めたプレイヤーは大抵中盤でこの地域に侵攻する事になる。ゆえに、この地域の架空武将の名が印象に残りやすい。またこの地域での命名法では、語尾以外の任意の文字列の文字数が他に比べて長めになっている。この二つの点が不評の原因のようだ。

 (2007.03.21 追加)

 語尾のネタ元は下の通り。疑問の残るものには、?を付した。

カン    「○○=カン」(「ハン」と同義)
シャン   「カイシャン」?(フビライ末裔の大元ハーン)
ドゥ    「ハイドゥ」?(オゴダイ汗国のハーン)
ハイ    「チンハイ」?(モンゴル帝国の重臣。前作元朝秘史に登場)
バイル   不明。まさかジュバイルじゃないだろうし。
ハトゥ   「ガイハトゥ」?(アバカの子で、イル汗国のハーン)
バン    「シャイバーン」?(シャイバーン朝ボハラ汗国の祖先)
ベグ    「○○=ベク」(トルコ語で「君主」の意)
ムール   「ティムール」?(ティムール帝国の創始者)
ルチャ   不明。

 元々、中央アジア・トルキスタン出身として設定されている人物は少ないので、蒙古系の人材も候補に入れてみたが、ものの見事に?だらけになってしまった。


■ペルシア・西アジア・エジプト・北アフリカ・ソコトラ島

B'型
アマク= アムル= アリ= アル= イブン= イル= ニザム= ハサン= 

アジール アビー  アーベル ア=メン アリー  イフマー イール  ウィジィ ウル   カイフ  
カーダム カルッシ キート  ギーン  ケイ   ケレ   サイード サダム  ジェウデ ジータ  
スッキィ スヴォア セラシュ ティクカ テヘニ  ナトゥム ハイム  バケル  バディ  バッケル 
ハッファ バーン  ヒジャン ヒフナ  フィラク ブラハ  ベイ   マフ   マルーク ミナーフ 
ミムナー ムスター ムルク  メット  ユセフ  ラシーン ラハン  ランティ リザ   

A型(エジプトのみ)
パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2〜4文字
(1文字目のみ「ン」不可)

ウス オス ニケ ブ ラク 

A型(北アフリカのみ)
パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2文字or3文字
(1文字目のみ「ン」不可)

アル クトゥ ジル ビー マフ  

 上の五地域は当時も現在もイスラム教徒が優勢な地域で、アラビア語人名に由来したと考えられるB'型の命名方法が共通して使われている。このゲームでの「西アジア」は小アジア半島、クルド人地域、メソポタミア、およびアラビア半島からなり、「エジプト」もダマスカス周辺のシリア地方を含んでいる。「北アフリカ」もマグリブ諸国と同義ではなく、エジプト以外サハラ以北の地域の総称となっている(つまり、エチオピアもソマリアも「北アフリカ」扱い)。これらの点に関しては批判も多いが、この一見『いい加減な』地域区分を「B'型とは異なるA型の命名方法の適用範囲」と解釈し直すと、あながち的外れでもなくなる。

 「エジプト」地域でで時折現れる一風変わった名前を知っている人も多いだろう。登場頻度がかなり低く収集したサンプルも少なめなのでもしかすると違うかも知れないが、多分彼らの命名はA型によるものと考えられる。「ウス」「オス」「ニケ」と言う語尾はギリシャやラテンの人名を連想させることから、イスラム世界の学術の一大中心たるエジプトで活躍した学者達の名前をイメージしたのではないだろうか?中世ヨーロッパで古代ギリシャ・ローマの学問が忘れ去られる一方で、イスラムの学者はそれらの学問を継承していた。エジプトや永らくエジプトの諸政権の属領だったシリアで、彼らが在野の人材として現れても不思議ではない。……能力値にムラがあるバリバリの武官である場合もあるが。

 少なくとも、このゲームでは「エジプト」=「エジプトの諸政権の勢力圏」であり、「エジプト」以外のアラビア語地域を区別する必然性が無い為に「西アジア」としてまとめられた、と推論出来る。小アジアはこの時代ではギリシア人、アラブ人、クルド人、トルコ系遊牧民が混在していたはずだが、一つの地域で登用される武将(放浪武将を除く)が常に単一の文化圏に属するという仕様上、仕方の無い処置だったと思われる。名前がトルコ系ではなくアラブ系になるのは、「トルキスタン」「中央アジア」の命名方法の惨状を見る限り、トルコ系の人物に関する資料収集不足と考えられる(ギリシア人はせいぜい沿岸部にしか勢力を保てなかったし、クルド人についてはトルコ系の上をいく史料の少なさから、存在を無視されたのも納得出来るのだが)。

 ちなみに、ソコトラ島出身の武将の顔グラフィックは北アフリカと同じになる。これは対岸のソマリアが北アフリカ地域に含まれている為と考えられる。


■インド・セイロン島

パ行音、促音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ3文字or4文字
(「ティ」「トゥ」「チャ」「チュ」「チョ」、長音「ー」を含む。1文字目のみ「ン」「ー」不可)

クラ ジャヤ トゥ ドラ ラージャ 

 インド・セイロン島の両地域の命名法は上記の通りA型。宗教の概念が(システムに反映される範囲では)存在しないこのゲームでは、インドに割拠した武将はヒンドゥー教徒だろうとイスラム教徒だろうと「インド文化圏」で一括りにされる。故に、「デリー=スルタン朝」の君主が早い段階でヒンドゥー風の名を持つ跡継ぎに交代する事態も頻繁に起きる。大抵のプレイヤーはそれで別に構わないのだろうが……。

 ちなみにこの二地域でのみ、長音(「ー」)が語尾以外の任意の文字列に含まれうる。なぜインドでのみこのようなことが起こるかは不明だ。

 (2004.04.11 追加)

 前回の調査では見落としていたのだが、「拗音を名前に含む架空武将をインド地域で見た」という情報を得たので、急遽調査を開始した。腱鞘炎になりそうになるほど[お任せ]ボタンを押した結果、「ウティクラ」「トゥダラージャ」「ドチャドラ」「チュゴジャヤ」「ゲーチョドラ」等「ティ」「トゥ」「チャ」「チュ」「チョ」を名前に含む架空武将がインド・セイロン島で登場することがわかった。現時点で判明しているのは、

・「ィ」「ゥ」「ャ」「ュ」「ョ」は一文字扱い。

・「ティ」「トゥ」「チャ」「チュ」「チョ」が何文字目に現れるかについて、決まりは無い。

・拗音を名前に含む架空武将登場頻度はかなり低い。
 (四文字目に「ティ」「トゥ」「チャ」「チュ」「チョ」が来るとその名前は無効になるから(?))

の以上の点だ。これらの点は、上記の長音のこともあり、インド特有のようだ。他の地域でも検証してみたが、拗音を名前に含む架空武将の存在は確認できなかった。以上の報告をもって、調査の不備のお詫びとさせて頂く。


■東南アジア・アンダマン島・スマトラ島・カリマンタン島・フィリピン諸島

A型(系統1)
パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ2文字or3文字
(1文字目のみ「ン」不可)

ージャ チャン ナガラ ヌウェ パヤ マーラ ラヤ ラール ヴァナ

A型(系統2)
パ行音、拗音、促音、長音、「ヴ」、「ヂ」、「ヅ」、「ヲ」を除く任意のカタカナ3〜7文字
(1文字目のみ「ン」不可)

 ゲーム上の「東南アジア」地域とはおおよそ、現在のインドシナ地域の大陸部分からベトナム北部を除外した領域のことを指す。この地域はこの時代から既に大乗仏教やヒンドゥー仏教、それに中国文化が入り混じっていて地域ごとに多様な様相を示していた。だから、筆者はそういった様々な地域を「東南アジア」として一括りにするのに疑問を抱いていた。

 しかし、これらの地域のゲーム上の命名法を調べてみると、ちまちまと東アジア編で文句を言ってきたのが馬鹿らしくなるほどの、アバウトさ加減にうんざりする。命名法は2系統のA型からなるが、特定の語尾を有する系統1に対し、系統2には全ての文字列が任意の文字から成っていて特有の語尾が存在しないのだ(少なくとも、筆者の実験した範囲ではそう断言せざるを得ない)。

 スマトラ島・カリマンタン島・フィリピン諸島の各地域出身の武将については、「東南アジア」出身の武将と同じ。ちなみに、アンダマン島出身の武将の名前は東南アジアと同じだが、顔グラフィックはインドと同じになる。このような分裂現象の理由は不明だ。


awakの『蒼き狼と白き牝鹿』資料室に戻る